ここではトマトの「学名」について紹介します。学名というのはいわゆる世界共通の名前のことで、学術上、主に科学の論文などで用いられています。動植物にはすべて学名がついており、当然トマトにも学名があります。トマトの学名は “Solanum lycopersicum” といいますが、なんとトマトにはもうひとつの学名があります。これにはちょっとしたエピソードもあり、取り上げていきます。
そもそも学名とは
たとえば「ナス」をご存知でしょう。野菜のあれです。日本では「ナス」といえば何のことか分かります。が、海外の人にいきなり「ナス」と言っても、むこうが日本語に精通していないかぎり、意味不明でしょう。逆に英語圏の人がいう ”eggplant” は、われわれにとったら英語を勉強しないと分からないわけです。学問の世界では、こうした言語のへだたりが考慮され「誰にでも通じる名前」が作られました。それが学名です。
また、お題の「トマト」ですが、和名といい、昔はさまざまな呼び名がありました。赤茄子、蕃茄、唐柿、唐茄子、小金瓜、珊瑚樹茄子など、これらはすべてトマトのことです。今でこそ「トマト」で通じますが、たとえばアメリカでは ある種の蝶などは地方によって通名がちがって、現在でもその蝶の話をすることが難しい、という場面があるそうです。そういった場合に問答無用で単一にして無二の名前をつければ、不都合が解消されるというあんばいです。
学名のルール
学名は、以下のような特徴があります。
・世界共通である
・ひとつの種に対して有効な名前はひとつのみ
・生物学的な決まりに基づいて決めている
・ラテン語を使用している
そして、「トマト」とか「トラ」のように一般的な生物の種を言いたい場合、「ナス属のトマト」とか「ヒョウ属のトラ」とかいうように 学名を「属名」+「種小名」であらわします。トマトであれば学名は “Solanum lycopersicum” といい、うち Solanum が「ナス属」、lycopersicum が「トマト」です。
このような命名は二名法といって、18世紀にリンネという人が普及させました。
カール・フォン・リンネ(Wikipedia)
学名のルールは以下のとおりです。
・「属名」+「種小名」の二名法であらわす
・属名のあたまを大文字にする、種小名はそのまま
・イタリック体で表記する、できない場合はアンダーラインを引く
もし論文を書く際は参考になさってください。
発音、どう読むの?
学名はラテン語であらわされています。ラテン語は話し言葉としてはすでに失われているので、ぶっちゃけ、どう読んでも構いません。しかしながら、おおまかなガイドラインはあります。
“Solanum lycopersicum”
こちらトマトですが、ローマ字のように、なんとなく読んでみましょう。ソ ラ ヌ ム 、リ コ ペ ル シ ク ム 。これでOKです。
なお英語圏のひとは英語っぽく発音しているようです。(soʊléinʌm laikəpˈɚːsikʌm / ソゥレィナム・ラィコゥパーシカム)
トマトの学名 “Solanum lycopersicum” について
それでは本題です。トマトの学名は “Solanum lycopersicum” (ソラヌム・リコペルシクム)といいます。
“Solanum” は「ナス属」を、”lycopersicum” が種小名としての「トマト」をあらわします。つまり、トマトはおおまかに「ナスのなかま」であると分かります。
“Solanum” とは、いくつか説がありますが、”sol”(太陽)、”solamen”(安静)、”solare”(落ち着かせる) などからとった名前と言われています。古来、にたような植物に鎮静剤として使われていたものがあったとか。
“lycopersicum” は “lycos”(オオカミ)と “persicos”(桃) が合わさった名前で、「味の悪い桃」と訳しているところもあります。
ほか、ナス属のなかま
私たちのよく知っている代表的なナス属といえば「ナス」にくわえ「トマト」そして「ジャガイモ」です。
・ナス …… Solanum melongena (ウリが生る)
・ジャガイモ …… Solanum tuberosum (塊茎のある)
・トマト …… Solanum lycopersicum (オオカミの桃/味の悪い桃)
・ナス ……「ウリ」は “melon”(メロン)、”gena” が「生む」で、わかりやすい命名になっています。英語の “gene”(遺伝子)、”generation”(世代)、”hydrogen”(水素)、”geneus”(天才)、”gentleman”(紳士) など、現在の語彙にも “gen” が組み込まれているものがけっこうあって、じっさい生むことに関係のある言葉ばかりです。今はやりのフォトジェニック(photogenic)も、”photo”(光/写真)+”gen”(生む)+”ic”(性質) で「写真映えのする」という意味になっています。
・ジャガイモ …… 「塊茎」は英語で “tubers” といいます。ジャガイモは根っこでなく、茎を食べているのだと、よくわかる名前です。
・トマト …… つよい抗酸化作用を持ち、老化や生活習慣病に効果があるとされる「リコピン」。テレビなどで取り上げられ、大ブームとなりました。リコピンという名前は、もうお分かりですね、学名のリコペルシクムから来ています。
ついでに、ナス科のなかま
ナス属ではありませんが、もっと大きなくくり「ナス科」で見てみると、やはり私たちのよく知る作物があります。
・トウガラシ属……トウガラシ、ピーマン、パプリカ、シシトウ、など。みんなトウガラシのなかまです。ちなみにトウガラシを品種改良したものがピーマンとなります。
・タバコ …… なんとタバコもナス科。同じなかまといっても、ナスを吸ってもタバコの味はしません。
・クコ …… 杏仁豆腐に乗っている赤いシワシワの実、あれがクコです。
以上、紹介した作物はどれも花が似ているので、見比べてみると面白いかもしれません。
トマトに別の学名がある?
さて、トマトの学名を調べてみると “Lycopersicon esculentum” というのに当たります。これもトマトをあらわしており、ひとつの生物種に学名はひとつというルールと噛み合いません。これはおかしなことです。さて、なぜトマトの学名はふたつあるのでしょう。
“Lycopersicon esculentum” は、今や正式ではない!
最初、リンネはトマトをナス属とし、”Solanum lycopersicum” と名付けました。ところが後にフィリップ・ミラーという人が「トマトはナス属とはちがう。トマト属をあたらしく作ろう」と主張し、新たな学名 “Lycopersicon esculentum” を与えたのでした。もう属から変えたわけです。
以降、長らく(200年以上も)トマトは「トマト属」として認められてきたわけですが、近年の解析により「やっぱりトマトはナス属じゃん」となったのです。そこで学名も”Solanum lycopersicum” に戻し、現在に至る、という流れです。しかしながら、あんまり長くトマトは “Lycopersicon esculentum“ だったため、今でもこの名前を学名として載せているところが多くある、という話なのでした。
“esculentum” は「食べられる」
エスクレンタム、エスクレンツム、などと発音します。「食べられる」という意味ですが、当時トマトは有毒だと思われており、それが払拭され、世間の口に入るようになってから付けた名前だろうか、と推測されます。